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ミラノ在住のムッチーナです。
簡単イタリア料理レシピ、旅日記などを公開しています。たまに仕事のことも書くかもしれません。
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ブダペスト その1 鉄道

さて ウイーンから、ハンガリーの首都ブダペストには、電車で入りました。(距離にして、300kmくらい)


バスよりも走行時間が短いし、3時間の旅なら電車のほうがゆったりしていていいかなと思い、電車にしたのですが、、、


その料金が結構高い!!


夫がまた気取っちゃって一等席にしたものだから、
片道でなんと1人55ユーロもとられました。
(まあ、それでも日本の鉄道に比べれば安いですが)



車内は一等席も二等席も、全てコンパートメント形式になっています。さて二等席はどんなんだと見に行ってみたら、一等席よりややコンパートメントが小さいくらいで、あとは特に変わりません。


高いせいか一等席はガラガラで、私達は6人入るコンパートメントを2人で独占することに・・・ もっと長時間の旅ならともかく、3時間くらいだったら二等席で十分だった、と思いました。


(だいたい、イタリアのユーロスターも一等席と二等席の違いは、値段の違いの割には大したものではありません。一等席だと、やや周りの方々が紳士淑女っぽくなり、コーヒーとお菓子が無料で配られ、新聞も配りに来ますが、それだけといえばそれだけです。)


ちなみに、同じ道のりでも、チケットをオーストリー国内で買うのと、ハンガリー国内で買うのとでは、値段がかなり違うというクチコミ情報をネットで見ました。ハンガリーでは、オーストリーよりかなり安く買えるのです。


実際その5日後、ブダペストからブラチスラヴァに行くとき(距離にして200kmくらい)は、2人往復で7650フリント(約30ユーロ)だったので、1人頭15ユーロ。二等席ではありましたが、一等にしていてもせいぜい25ユーロくらいだったのではないでしょうか。


それに、変なシステムですがハンガリーでは、片道で買うよりも、往復で買った方が安いらしいのです。


これは、ブダペストからブラチスラヴァに行く日の前日、ホテルで電車の値段を聞いてみたときに知りました。目の前でハンガリー鉄道に電話して聞いてくれたホテルの人(勿論ハンガリー人)も驚いていました。


私達がブダペストで二等の往復切符を買い、ブラチスラヴァで帰りの切符を捨てたことは言うまでもありません。


(最初、帰りの切符を使わないと何かまずいことがあるのではないか・・・と心配したのですが、切符はなんと、「手書き」!!!国際電車ですが、切符を買うときにパスポートを見せろと言われるわけではありません(ただし車内で国境を超えるときにはパスポート・コントロールが来ます)。


従って、いつどこで、どこの国の誰がハンガリーを出て行く往復切符を買って、戻ってきていないかなどは分かりませんし、恐らく分からなくても問題ではないわけです。


これはハンガリー国内のシステムで、オーストリーやスロヴァキアなど近隣諸国でも同じかどうかは分かりませんが、中欧で鉄道を使うときは、一応、片道と往復両方の金額を聞いてから買うと良いと思います。


(もう一人の)悲しき王妃 その2

皆さま、こんにちは。

40度近くある南イタリアから、最高気温25度のミラノに移って1週間。風邪をひいてしまいました。


さて、、、


エリーザベト妃の話の続きです。
エリーザベト妃(以下愛称「シッシー」で呼ばせていただきます)は、1837年に生まれ、わずか16歳でときのオーストリー皇帝フランツ・ヨーゼフ1世のもとに嫁ぎました。




当時、欧州の王族でもっとも美しいと謳われたシッシー。
写真と肖像画はこちら↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%99%E3%83%88_%28%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E7%9A%87%E5%90%8E%29


ウエストがなんと50cmだったとか!ご自分でもその美貌を自覚していて、長い黒髪のお手入れを欠かさなかったというお話や、ダイエットのために家族と食事をともにすることはほとんどなかったというお話。


夫に当たる皇帝フランツ・ヨーゼフ1世は、彼女を溺愛していたそうですが、

自由を愛したシッシーは、皇室内の窮屈な生活や彼女の一挙手一投足に口うるさい皇太后に疲れて、あちこちと旅行に出かけることが多かったそうです。



これって、どこかで聞いた話じゃありませんか?



全く同じではないにしても、現代の日本の皇室も、100年前のオーストリーの皇室も、「プリンセス」の抱える問題というのは似たようなものだったようです。



「お姫様っていうのは、不自由なものなのね〜」
オーディオガイドを聞きながら、シェーンブルン宮殿の中でそのように私は思いました。



(って、シッシーも犬のウン○を踏んだ私からは同情されたくないと思いますが。)



さて、偶然にも、シェーンブルン宮殿の見学をしたその夜、ホテルのテレビでなんとなくイタリアのチャンネルRAIを見ていたら、なんとシッシーが主人公の、昔の映画を放送していました。まるで、私達がその日シェーンブルン宮殿に行くことを、RAIは知っていたかのようです!


映画の中で、重い肺の病気を患い南のリゾート地で療養していたシッシーは、幸運にも回復し、迎えに来た夫フランツ・ヨーゼフとともにウイーンに帰るのですが、その途中ヴェネチアとミラノに滞在します。


ミラノを含む北イタリアの一部は昔ハプスブルグ家の支配下にあったのですが、イタリア人は喜んで支配を受けていたわけではないようです。フランツ・ヨーゼフ皇帝とシッシーは、ヴェネチアでもミラノでも歓迎されるどころか、逆に辱めを受けることになります。


ヴェネチアのカナーレ・グランデを、2人を乗せた船が通れば、運河に面した家の人々は窓から、嫌味っぽくイタリアの三色国旗を出し(ハプスブルグ家の旗ではなく)、歓声を送るどころか「厄介ものが通る」とでも言うように、窓をバタンと閉めてしまいます。


ミラノのスカラ座にオーケストラを聴きに行けば、地元の貴族の面々が集まっているはずが、薄汚れた服を着た、社交マナーも言葉遣いも知らないような人々が来ています。ミラノの貴族たちは、皇帝とシッシーをからかうために、自分達の名前で、召使達をスカラ座に送ったのです。オーケストラは、「ここはイタリアだ。帰れ!」といわんばかりに、オーストリー国歌ではなくジュゼッペ・ヴェルディの曲を演奏します。イタリア流の、高貴な、それでいて思いっきり嫌味ったらしいからかい方ではありませんか?


しかし、シッシーも負けてはいません!


皇帝の側近たちが真っ赤になって慌てふためく中、彼女は少しも動じることなく、拍手を送ります。その上、それぞれの主人に送られた召使たち全員を、演奏会後の宴に招いたのです。「○○公爵・・・」「××伯爵夫人・・・」と一人一人名前が呼ばれ、主人の名前で送られた召使たちは、お辞儀の作法も知らないままシッシーの御前に出て、お言葉を賜ります。


あとでこれを知ったイタリアの貴族たち。「私の召使が、私の名前でシッシーと話した!?新聞は、私のことを醜いとか作法を知らないとか書き立てるに違いない!!」と、今度は彼らが慌てることになりました。



なるほど、王妃ともなると、美しいだけでは足りなくて、こういったウイットの効いた外交センスも必要なのね・・・・ と私は思いました。


(・・・って、この感想はいつどこで役に立つのか?)


・・・



さて、ウイーンはそろそろおいとま致しまして、

明日からは、次の目的地

ブダペストについて書きたいと思います★

(もう一人の)悲しき王妃 その1

それにしても


かくも美しくやんごとなき王宮内に犬畜生(失礼)を連れて入り、しかもその後始末をしなかった飼い主は言語道断!!踏んだ私がもし女王だったら、国中の犬のお尻に糞袋(?)をつけさせる法律を即つくったかもしれない。

(実際、ウイーンで見た馬車の馬は、袋をつけて歩いていた。)


さて その晩は足をよく洗い、気持ちを切り替えて
翌日は、市内から少し離れて、ハプスブルク家が夏季の別荘として使っていた、シェーンブルン宮殿へと向かいます。


しかし!当日は土曜日。
行ってみたら、切符売り場には、長蛇の列・・・!!
その長さは100メートルほど、あるでしょうか。
しかも天気は、雲ひとつないピーカン。。。
日陰もない中、我慢して並ぶ・・・か?


時刻は朝11時。
あーもう少し早く来ればよかった・・・と思いつつ
しばし、イタリア人お得意の「割り込み」が出来ないか?
と、、、夫と一緒に辺りの様子を見れど、
そこはさすがオーストリー、
観光客といえどもまったく隙がございません。



「これなら、多分30分くらい並べばすむだろう」
そもそも並ぶのは大嫌いな夫が、そう言ってくれたので
ちょっと我慢して並ぶことにしました。



30分強並んで、やっと辿りついたチケット窓口。
日本語オーディオガイド付・約60分かけて数十の部屋を周る「インペリアル・ツアー」のチケットを購入。
ところが。
当然すぐ入れるのだろうと思いきや
「12時18分にならないと入れませんから、時刻になったら入り口に行って下さい。」


ええっ?!まだあと30分以上も待つの!?
それでも一応とりあえず、入り口の方に進むと、確かに途中で制服を着たオバチャンに引き止められ、チケットを見せると「あなたたちは12時18分。お庭は出入り自由だから、その辺ぶらぶらしてきて。」と、時計を指差されて言われました。


「え゛ーーーー。今まで30分も並んだんですよー。いいじゃな〜い、ちょっとオネエサン」と、イタリア風に文句を言ってみるだけ言ってみましたが、ここはオーストリー。入れてもらえるどころか、シカトされました・・・


仕方なく、サッカー場が2つは入ろうかという広大な庭をウロウロし、噴水で写真など撮り時間を潰して、12時18分に、オバチャンに通してもらいましたが・・・


なんと、その後にもまた、長蛇の列が!!!


・・・空港のように、セキュリティ・チェックがあるのです。


かくしてまた30分、待機・・・・


・・・


入る前にもう疲れちゃいましたが、やっとチェックを抜け、オーディオ・ガイドを受け取って、いよいよ宮殿内へ!


・・・


もう、それはそれは絢爛豪華なお部屋ばかりで、更にメインの家ではなくて夏の別荘がこれかと思うと、現代のお金持ちの豪華ヴィッラなど屁でもないワ(またまた失礼)と、再び姫と一般庶民の格差を思い知りつつ、オーディオガイドの説明に耳を傾けます。


このオーディオガイド、日本人が吹き込んだ日本語で、丁寧に、宮殿のなれそめから各部屋の特徴、そこを使っていたやんごとなき王子姫君たちのこぼれ話などを交えながら、なかなか面白く説明してくれます。


その中で私が一番心に残ったのは、当時欧州の王族の中で一番美しいと謳われた、エリーザベト妃の逸話です。


・・・その話に入りたく存じますが・・・

・・・

かれこれ1時間あまり、行列に並び

やや疲れたようにも思われますので、

本日はこの辺で。ゴメンあそばせ。

明日以降、続きを書くことと致します。

では皆様、しばしごきげんよう・・・。

よい週末を。

生まれて初めての・・・

ブラチスラヴァからバスでウイーンに移ります。


ウイーンといえば、かつてヨーロッパで絶大な権力を誇ったハプスブルク家の都。
そして、モーツァルトやベートーヴェンが数々の名曲を作った、音楽の都。


ハプスブルク家は、往時は北イタリアでも勢力を振るい、ミラノなどは実質オーストリアの配下にありました。そのせいか建物や道の造りなどは、なんか少しミラノに似ているなあ・・・という気がしました。


でもその美しさは比べようもありません。
ウイーンはさすが「古都」。きらびやかな王宮やその周辺の庭園、街並み、どれをとっても絵になる美しさ。そしてごちゃごちゃして汚いイタリアの街とは違って、ゴミも落ちていないし、整理整頓された荘厳さがあります。歩いているだけで、お姫様になったような気分♪



しかし、そんなウイーンで、生まれて初めての・・・

しかも、最悪の・・・

体験をしようなどとは、

夢にも思っていなかったのでした。




さて 着いたその日はさっそく、オペラ座・ステファン寺院など、ウイーン中心部の主要な観光スポットを見て周ります。そして、私が最も楽しみだったのは、なんといっても


ハプスブルク家の、王宮☆


王政がなくなった今、既に女王はいなくとも、かつての権力と豊かさとを象徴していることには違いありません。そしてあのマリア・テレジアやマリー・アントワネットも、実際にそこに住んでいたのです。幼い頃に見た、「ベルサイユの薔薇」のお話は、既に私の頭の中で再生されていました。キラキラッ☆



疲れた〜明日にしようよ〜 とダレたことを言う夫を
「明日はシェーンブルン宮殿に行きたいのー。だから王宮は今日行かなきゃなの!!」
と説得し、いざ向かいます。



有名なモーツァルト像の前で、パチっと一枚写真を撮って、庭園内を進んでいくと、やがて、それはそれは壮大な王宮の建物のほんの一部が視界に入ってきます。もう気分がすっかりお姫様♪♪♪


それはそれは広大な敷地なので、地図を片手に進みます。目的は、女王の部屋。入り口にたどり着くまでに、少し道に迷い、ウロウロ、ウロウロ。お姫様だったら馬車が入り口まで運んでくれるのでしょうが、私ども一般庶民は自分の手と足で探すしかないのだという現実が、ふっと目の前を横切りへこみますが、気をとりなおして再びお姫さま気分で進みます。


と、大きな広場に出ました。

「うわあ〜☆☆☆」

広大な広場の両側には、優美な王宮の建物。やや前方には、青空にそびえるエメラルド・グリーンのクーポラ。入り口はもうすぐそこです。今にも馬車がやってきて、お姫様がきらきらと金髪を風にたなびかせながら、ひらりっとそこに下りるような気配が・・・


迷わず写真を撮ろうと、カメラを構えたその瞬間。



む にゅ っ



「ん?」



私の右足がなにか冷たくて濡れたものを、踏みました。



はっっっ(@□@;)!!

こ・・・こ・・・これはもしや・・・・



いや!もしかしたら観光客が落としたジェラートかもしれない!という期待は、私の視線が足元に移るとともに空しく消えていき、、、


その色、その形、そしてその臭いは、私が生まれて初めて犬のフンを踏んだという事実を、目の前にいやおうなくつきつけるのでした。

「あ゛〜〜!!」

と叫んで夫の顔を見てみても、彼は微妙な顔をして遠ざかろうとするし!



あんなにごろごろ犬の糞が転がっているミラノに住んでいながら、


一度も犬の糞を踏んだことの無かったことは


私が誇りを持って語れることだったのに!!



「うっ、うっ、うっ・・・」



もう写真を撮ることなど忘れて、とりあえず、足をひきひき、トイレに向かいます。


きらびやかな王宮の、普通の公衆トイレの手洗い場で、右足を上げて足を洗いながら、


この清潔で美しい街ウイーンの、
世にも美しい王宮で、
犬の糞を踏んだアホな観光客は、
後にも先にも私しかいないだろう・・・


・・・と私は思ったのでした。


これで私は現実に返り、その日は女王の部屋への執着などはすっかり忘れて、さっさと王宮を出ることとなりました。



ヨーロッパを観光される皆さま、

オーストリアといえども、おフランスといえども、

決して、足元に油断されてはなりませぬ。

美しいものに目を奪われるときほど、危ういものなのでございます。

くれぐれも、、、お気をつけあそばせ!!

ブラチスラヴァ

さて、最初の目的地、スロヴァキアの首都ブラチスラヴァ
の話をする前に、ちょっとライアン・エアーの話の続きを。


いくら格安といえども、週末や連休などハイ・シーズンは
需要も高いので価格も高くなります。


また、席が埋まっていくごとに値段も高くなっていく仕組みのようで
最初のうちは4セントでも、月日が経つうちに値段が上がっていき、
直前には何十ユーロにもなって
これじゃあ他の航空会社と変わらないジャン!
ということも、あります。


昨日も書きましたが、捨てても数セント程度ならば、
予定が不確実でもとりあえず買っておくというのが得策です。
荷物が多かったり、変更を何度もしたりする位なら
融通の利くほかの航空会社にした方が良いとは思いますが。


・・・


さて、ブラチスラヴァに着きました。
夕方の到着だったので、一泊して、
翌日はもうウイーンに移動することにしていました。


出発直前にホテルを予約するとき夫が
「1泊だけじゃ足りないんじゃない?2泊しようよ」
と言っていましたが・・・



1泊にしておいて正解でした。



丘の上のお城を見て、旧市街をぐるっと散歩したら
あとは・・・何する?っていうくらいの、小さな街で、
期待していたドナウ川の眺めも・・・


「・・・・」


ってなるくらい、普通。


せめて、かかっている橋が美しければ
もっと人も集まるだろうものを
社会主義の時代にかけた橋らしく
なんのへんてつもない無機質な橋。



まー、それを言うなら、
お江戸で一番有名な橋、日本橋も
外国のことは言えませんが・・・
(日本橋事態は美しくても、
その上にかかる首都高の高架で、台無し)


逆に、期待していなかった、食事は結構上々。
到着したその日の夜は、ガイドブックに載っていた
旧市街のレストランに行き、


夫はニョッキと羊乳のチーズのオーブン焼
私は七面鳥のハム・チーズはさみフライ
を頼みました。(いずれもスロヴェキアの典型的な料理)


どっちも、美味しい〜!
特に七面鳥のハム・チーズはさみフライは
昔給食によく出た
「とりささみチーズフライ」を思い出させる
素朴な美味しさ。
(全国共通ですかね?このメニュー)


店内の壁やテーブル・椅子も、昔ながらの木造りで可愛らしく
民族楽器を使った音楽演奏もありました。
斜め向かいの席には、
多分地元のおばちゃま4人が
多分「定例お食事会」をしており
多分地元の伝統的な歌を
愉快に合唱しており・・・


ラーラーラー♪
ラーラーラー♪
ラーラーラーラー ラ・ラ・ラ♪
あー。イタリアにはこういう歌、ないなあ。
なんか、ドイツっぽいなー。という感じの
男っぽい歌なんですが・・・
分かりますかね?


おばちゃまたちの、延々と続く歌は、
サビの部分が妙に脳裏に残って
その後も旅の途中何度か私の頭の中で
プレイバックされるのでありました・・・・。



明日はウイーンです♪

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