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ミラノ在住のムッチーナです。
簡単イタリア料理レシピ、旅日記などを公開しています。たまに仕事のことも書くかもしれません。
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がっかり世界遺産

ブダペストで2泊した後は、車をレンタルし、5日間ハンガリー国内をウロウロすることにしていました。


せっかく車があるので、あまりメジャーな所ではなくマイナーな所も行ってみようということでまず最初は、


ホッロークー


という、ブダペストから北東へ80kmほど行ったところにある、世界遺産の町に向かいました。町というよりも、「村」なのですが、なんと村としては世界で初めて、世界遺産に登録された所なのです。



世界遺産って、、、素晴らしいものも多いのですが、
中には、「えっ、これで世界遺産!?」っていうガッカリものも、ある。というのが今まで見た来た中での私の感想で(例えば、今まで一番ガッカリしたのはマカオ)、



ホッロークーは残念ながら、後者に当たってしまいました・・・。



どういう村かといいますと。
村人は、ハンガリーの中でも稀少民族にあたり(なに族だったか忘れてしまいました・・)、その古来からの伝統を忠実に継承しています。特に注目すべきはそのオリジナリティあふれる、一軒一軒の家の建築様式なのだそうです。


・・・でも、建築家だったら「おお!」と叫ぶレアものなのかもしれませんが、素人目にはどこがどう貴重なんだかよく分かりませんので、「ふ〜ん。可愛い家だね」といいながら見て周るくらいです。



私は実は、ガイドブックに写真が載っていた、民族衣装を着た村人たちを見るのも楽しみだったのですが、行ってみたら



みんな普通の服着てるぢゃん・・・。



60軒ほどの家がある他は、少し離れた小高い丘に13世紀の城跡があります。せめて、そこまで上ってパノラマを眺めようかとも思ったのですが、途中まで上ってもうどんな景色か想像がついてしまったので(どこまでも続く畑と牧場・・・ドライブ中にもう見た)、やめました。



宿を予約したりしないでよかった。。。
と思いながら、およそ30分でさっさと次の町に向けて出発してしまいました。



「世界遺産」といえども、ハズレはあるということです。


見ちゃった〜♪♪


昨日午後、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の前を車で通ったとき。
ちょうど、小学校の帰宅時間だったのか、子供づれの人が沢山いました。


と、あるお父さんが、
ちょっとヴィンテージっぽいジーンズで、髪は野性的だけどセクシーな感じのロングめで
一瞬「あっ、カッコイイ、このパパ」
と思って見てたら。
(あ、運転してたの私じゃないので、ワキ見じゃないデス)


あれ?



マルディーニじゃん!!


(注 ACミランのキャプテンです)
http://www.paolomaldini.org/



かっこいいいーー。

・・・と、旅行記を中断してみました。

ブダペスト その3 迷宮

ブダペストのお城の地下には、迷宮があります。


地下16m、全長は1200mにものぼる、正真正銘の「迷宮」。昔、この城に住んでいた王族が、攻撃を受けたときの脱出経路として作ったものかと思っていたのですが、実はここにお城が建てられるよりもっとずっと昔、先史時代から既に人類によって使用されていたということです。


実際、中に入ると、そこで発見されたミステリアスな物体の数々が展示されていたり、ラスコーの壁画のような絵が描いてあったりします(でも壁画は演出のためにあとで付け足したものかも・・・)。



深い深い階段を、下りていくと、だんだん空気が涼しく、湿って行くのが分かり、地下の洞窟に入っていくというのを全身で感じます。やがて太陽の光は遮られ、薄暗い電球の明かりだけを頼りに進むと、小さなチケット・オフィスが、「ぽつん」とそこにはあり、男性が一人、地味にチケットを売っています。



皆さん


お化け屋敷 って


お 好 き で す か ?




私は、、、、



実は、結構好きなんです



(その昔、高校の文化祭のときは自分で企画までしたくらい)

(あの「リング」を一人で部屋を暗くして見たくらい)





「地下16mだよ〜 涼しいし、ミステリアスだし、行こうよ〜」と、夫を誘ったのですが、お化け屋敷・ジェットコースター・暗所・閉所全般苦手な夫には(得意なのは高い場所だけ)



当然拒否され・・・



それでも行ってきました。独りで。



本物の迷宮って初めて見るので、どうしても興味があって。まさに、天然のお化け屋敷。ここで行かずしては、ホラー好きの名がすたる!・・・と 



意気揚々と行ってきましたが



これが 結 構、怖 い。



遊園地のお化け屋敷ではないので、お化けが出てこないのは分かっているのですが、、、、なかなか上手く演出されており、



・明かりは最小限(しかも、間接照明のような感じで、壁にそってポツポツと、あるだけ)。あまりに暗くて、時々壁に手をつけないと先に進むのがはばかられるほど・・・。

・人もかなり少ない。(一人で入ってるのは、私だけでした・・・)

・ときどき上からポツン・・・ポツン・・・と、水が垂れてくる。正真正銘ナチュラルな、洞窟。足元も、気をつけないと、滑る

・吐く息が白くなるほど、寒い

・ときどき、怪しげな物体が ぬっ と現れる (単なる石だったり、石像だったりするのですが)

・右へ左へと道が入り組み、分かれてはつながり、やがて自分がどこにいるか分からなくなる



ガイドブックにも書いてありましたが、気をつけないと、本当に出られなくなります。


私も気をつけてはいたのですが最後には道に迷い、来た道を行ったり戻ったりした挙句、別の観光客に「出口どこですか?」と、聞いてしまいました。


(本当は自力で見つけたかった!あー)


およそ20分の迷宮探索の後、お日様の下に出て爽やかな空気を吸ったときは、思わずホッとしました。


ちょっと怖いですか?でも、迷宮を出るにはコツがあり、これさえ知っていればあなたも大丈夫!



入ったら、右または左の壁に手をつけてください(どちらでも好きな方でいいです)。例えば右手を右の壁につけたなら、決してその手を壁から離さずに歩いていくのです。左手を左の壁につけた場合も同じ。


どんな迷宮でも、この方法さえ知っていれば、必ず出口にたどり着きます。


入り口と出口が別な場合は駄目ですが、最悪でも、入り口には戻ってこれるんです。



まあ・・・このアドバイス、日常生活では何の役にも立ちませんが
あなたがいつの日か、ブダペストの地下迷宮を訪れた日には、


きっと。役に立つことでしょう。

ブダペスト その2 温泉

ブダペストといえば温泉。


ブダペストには実に120もの源泉があり、その温度は21度〜76度とさまざま。一日に3万㎥の温泉が湧き出ているそうです。


参考までに、日本最大の湧水量を誇る草津温泉の源泉は6つ。しかしその湧水量はなんと「1分」で約30㎥ すなわち一日に432,000㎥。


なので、源泉が120もあるといっても、草津のように、町のあちこちに泉が湧き出ている・・・という感じではございません。


それでもやはりヨーロッパの中ではかなり有名な温泉地・ブダペスト。中心地だけでも、6つから7つの公共浴場があります。


私達は今回、そのうち


「温泉チェス」で有名な、セーチェニー温泉 と、
観光客に一番人気の、ガレルト温泉 に行ってきました。


そもそも、イタリアでも温泉は循環式が多く、中にはクロロの臭いがして「これじゃあ普通のプールと変わらないじゃん・・・」と思ってしまうような温泉は少なくありません。男女一緒、水着で入る、温度が生ぬるい。。。そして、高い。


恐らくブダペストの温泉もそうだろう

とあまり期待せずに行ってきました。



しかし!



ガイドブックを見ると、浴場によっては、男女別々で、裸で入る温泉もあるではありませんか。それに、各浴場とも泉質や効能・広さ・温度などなどは様々で、ヴァリエーションが豊富!!(源泉が違うので当たり前といえば当たり前ですが)



個人的には裸で入りたかったのですが、そういう浴場は大概、月・水・金は女性、火・木・土は男性 というように曜日で分けていたので、カップルの我々は、男女共同の温泉に行ってきました。(水着着用)



セーチェニー温泉は、大小/屋内外含めて約10槽ほどの浴槽があり、それぞれ水温が違います。水泳プールのような水温の冷たい浴槽もあれば、気がついたら日本人が集まっている、熱い湯の浴槽もあります。


屋外の浴槽は一番大きくて、広々としており、水温もなかなかよいのですが(多分36度くらい)、入った瞬間ツンとクロロの臭いがしたので、おじさんたちが本当にお風呂の中でチェスをしている!ということだけ確認して、すぐ出てきてしまいました。


一方ガレルト温泉。ここは夫も私もとても気に入って、リピートしてしまいました。ブダペストの温泉の中では入場料が一番高いのですが(11ユーロくらい)、アール・ヌーヴォー式の建物は美しく、お風呂に入りながらそのモザイク模様やガラス窓の彩色を見ているだけでも楽しい。お湯をジョボジョボと出しているのは天使たちや女神?をかたどった大理石の彫像だったりして、飽きません。


ここも、屋内外合わせて6、7槽の浴槽があります。水泳プールをのぞく全ての浴槽のお湯は100%源泉だそうで、確かにクロロの臭いもしませんでした。お湯の温度が比較的熱い(多分最高38度くらい)のも、日本人の私には嬉しい★



ブダペストに行ったら、ガレルト温泉は是非お勧めです。

http://www.hotels-in-budapest-hungary.com/hotel-gallery.php?HID=1003&Serial=8

ブダペスト その1 鉄道

さて ウイーンから、ハンガリーの首都ブダペストには、電車で入りました。(距離にして、300kmくらい)


バスよりも走行時間が短いし、3時間の旅なら電車のほうがゆったりしていていいかなと思い、電車にしたのですが、、、


その料金が結構高い!!


夫がまた気取っちゃって一等席にしたものだから、
片道でなんと1人55ユーロもとられました。
(まあ、それでも日本の鉄道に比べれば安いですが)



車内は一等席も二等席も、全てコンパートメント形式になっています。さて二等席はどんなんだと見に行ってみたら、一等席よりややコンパートメントが小さいくらいで、あとは特に変わりません。


高いせいか一等席はガラガラで、私達は6人入るコンパートメントを2人で独占することに・・・ もっと長時間の旅ならともかく、3時間くらいだったら二等席で十分だった、と思いました。


(だいたい、イタリアのユーロスターも一等席と二等席の違いは、値段の違いの割には大したものではありません。一等席だと、やや周りの方々が紳士淑女っぽくなり、コーヒーとお菓子が無料で配られ、新聞も配りに来ますが、それだけといえばそれだけです。)


ちなみに、同じ道のりでも、チケットをオーストリー国内で買うのと、ハンガリー国内で買うのとでは、値段がかなり違うというクチコミ情報をネットで見ました。ハンガリーでは、オーストリーよりかなり安く買えるのです。


実際その5日後、ブダペストからブラチスラヴァに行くとき(距離にして200kmくらい)は、2人往復で7650フリント(約30ユーロ)だったので、1人頭15ユーロ。二等席ではありましたが、一等にしていてもせいぜい25ユーロくらいだったのではないでしょうか。


それに、変なシステムですがハンガリーでは、片道で買うよりも、往復で買った方が安いらしいのです。


これは、ブダペストからブラチスラヴァに行く日の前日、ホテルで電車の値段を聞いてみたときに知りました。目の前でハンガリー鉄道に電話して聞いてくれたホテルの人(勿論ハンガリー人)も驚いていました。


私達がブダペストで二等の往復切符を買い、ブラチスラヴァで帰りの切符を捨てたことは言うまでもありません。


(最初、帰りの切符を使わないと何かまずいことがあるのではないか・・・と心配したのですが、切符はなんと、「手書き」!!!国際電車ですが、切符を買うときにパスポートを見せろと言われるわけではありません(ただし車内で国境を超えるときにはパスポート・コントロールが来ます)。


従って、いつどこで、どこの国の誰がハンガリーを出て行く往復切符を買って、戻ってきていないかなどは分かりませんし、恐らく分からなくても問題ではないわけです。


これはハンガリー国内のシステムで、オーストリーやスロヴァキアなど近隣諸国でも同じかどうかは分かりませんが、中欧で鉄道を使うときは、一応、片道と往復両方の金額を聞いてから買うと良いと思います。


(もう一人の)悲しき王妃 その2

皆さま、こんにちは。

40度近くある南イタリアから、最高気温25度のミラノに移って1週間。風邪をひいてしまいました。


さて、、、


エリーザベト妃の話の続きです。
エリーザベト妃(以下愛称「シッシー」で呼ばせていただきます)は、1837年に生まれ、わずか16歳でときのオーストリー皇帝フランツ・ヨーゼフ1世のもとに嫁ぎました。




当時、欧州の王族でもっとも美しいと謳われたシッシー。
写真と肖像画はこちら↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%99%E3%83%88_%28%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E7%9A%87%E5%90%8E%29


ウエストがなんと50cmだったとか!ご自分でもその美貌を自覚していて、長い黒髪のお手入れを欠かさなかったというお話や、ダイエットのために家族と食事をともにすることはほとんどなかったというお話。


夫に当たる皇帝フランツ・ヨーゼフ1世は、彼女を溺愛していたそうですが、

自由を愛したシッシーは、皇室内の窮屈な生活や彼女の一挙手一投足に口うるさい皇太后に疲れて、あちこちと旅行に出かけることが多かったそうです。



これって、どこかで聞いた話じゃありませんか?



全く同じではないにしても、現代の日本の皇室も、100年前のオーストリーの皇室も、「プリンセス」の抱える問題というのは似たようなものだったようです。



「お姫様っていうのは、不自由なものなのね〜」
オーディオガイドを聞きながら、シェーンブルン宮殿の中でそのように私は思いました。



(って、シッシーも犬のウン○を踏んだ私からは同情されたくないと思いますが。)



さて、偶然にも、シェーンブルン宮殿の見学をしたその夜、ホテルのテレビでなんとなくイタリアのチャンネルRAIを見ていたら、なんとシッシーが主人公の、昔の映画を放送していました。まるで、私達がその日シェーンブルン宮殿に行くことを、RAIは知っていたかのようです!


映画の中で、重い肺の病気を患い南のリゾート地で療養していたシッシーは、幸運にも回復し、迎えに来た夫フランツ・ヨーゼフとともにウイーンに帰るのですが、その途中ヴェネチアとミラノに滞在します。


ミラノを含む北イタリアの一部は昔ハプスブルグ家の支配下にあったのですが、イタリア人は喜んで支配を受けていたわけではないようです。フランツ・ヨーゼフ皇帝とシッシーは、ヴェネチアでもミラノでも歓迎されるどころか、逆に辱めを受けることになります。


ヴェネチアのカナーレ・グランデを、2人を乗せた船が通れば、運河に面した家の人々は窓から、嫌味っぽくイタリアの三色国旗を出し(ハプスブルグ家の旗ではなく)、歓声を送るどころか「厄介ものが通る」とでも言うように、窓をバタンと閉めてしまいます。


ミラノのスカラ座にオーケストラを聴きに行けば、地元の貴族の面々が集まっているはずが、薄汚れた服を着た、社交マナーも言葉遣いも知らないような人々が来ています。ミラノの貴族たちは、皇帝とシッシーをからかうために、自分達の名前で、召使達をスカラ座に送ったのです。オーケストラは、「ここはイタリアだ。帰れ!」といわんばかりに、オーストリー国歌ではなくジュゼッペ・ヴェルディの曲を演奏します。イタリア流の、高貴な、それでいて思いっきり嫌味ったらしいからかい方ではありませんか?


しかし、シッシーも負けてはいません!


皇帝の側近たちが真っ赤になって慌てふためく中、彼女は少しも動じることなく、拍手を送ります。その上、それぞれの主人に送られた召使たち全員を、演奏会後の宴に招いたのです。「○○公爵・・・」「××伯爵夫人・・・」と一人一人名前が呼ばれ、主人の名前で送られた召使たちは、お辞儀の作法も知らないままシッシーの御前に出て、お言葉を賜ります。


あとでこれを知ったイタリアの貴族たち。「私の召使が、私の名前でシッシーと話した!?新聞は、私のことを醜いとか作法を知らないとか書き立てるに違いない!!」と、今度は彼らが慌てることになりました。



なるほど、王妃ともなると、美しいだけでは足りなくて、こういったウイットの効いた外交センスも必要なのね・・・・ と私は思いました。


(・・・って、この感想はいつどこで役に立つのか?)


・・・



さて、ウイーンはそろそろおいとま致しまして、

明日からは、次の目的地

ブダペストについて書きたいと思います★

(もう一人の)悲しき王妃 その1

それにしても


かくも美しくやんごとなき王宮内に犬畜生(失礼)を連れて入り、しかもその後始末をしなかった飼い主は言語道断!!踏んだ私がもし女王だったら、国中の犬のお尻に糞袋(?)をつけさせる法律を即つくったかもしれない。

(実際、ウイーンで見た馬車の馬は、袋をつけて歩いていた。)


さて その晩は足をよく洗い、気持ちを切り替えて
翌日は、市内から少し離れて、ハプスブルク家が夏季の別荘として使っていた、シェーンブルン宮殿へと向かいます。


しかし!当日は土曜日。
行ってみたら、切符売り場には、長蛇の列・・・!!
その長さは100メートルほど、あるでしょうか。
しかも天気は、雲ひとつないピーカン。。。
日陰もない中、我慢して並ぶ・・・か?


時刻は朝11時。
あーもう少し早く来ればよかった・・・と思いつつ
しばし、イタリア人お得意の「割り込み」が出来ないか?
と、、、夫と一緒に辺りの様子を見れど、
そこはさすがオーストリー、
観光客といえどもまったく隙がございません。



「これなら、多分30分くらい並べばすむだろう」
そもそも並ぶのは大嫌いな夫が、そう言ってくれたので
ちょっと我慢して並ぶことにしました。



30分強並んで、やっと辿りついたチケット窓口。
日本語オーディオガイド付・約60分かけて数十の部屋を周る「インペリアル・ツアー」のチケットを購入。
ところが。
当然すぐ入れるのだろうと思いきや
「12時18分にならないと入れませんから、時刻になったら入り口に行って下さい。」


ええっ?!まだあと30分以上も待つの!?
それでも一応とりあえず、入り口の方に進むと、確かに途中で制服を着たオバチャンに引き止められ、チケットを見せると「あなたたちは12時18分。お庭は出入り自由だから、その辺ぶらぶらしてきて。」と、時計を指差されて言われました。


「え゛ーーーー。今まで30分も並んだんですよー。いいじゃな〜い、ちょっとオネエサン」と、イタリア風に文句を言ってみるだけ言ってみましたが、ここはオーストリー。入れてもらえるどころか、シカトされました・・・


仕方なく、サッカー場が2つは入ろうかという広大な庭をウロウロし、噴水で写真など撮り時間を潰して、12時18分に、オバチャンに通してもらいましたが・・・


なんと、その後にもまた、長蛇の列が!!!


・・・空港のように、セキュリティ・チェックがあるのです。


かくしてまた30分、待機・・・・


・・・


入る前にもう疲れちゃいましたが、やっとチェックを抜け、オーディオ・ガイドを受け取って、いよいよ宮殿内へ!


・・・


もう、それはそれは絢爛豪華なお部屋ばかりで、更にメインの家ではなくて夏の別荘がこれかと思うと、現代のお金持ちの豪華ヴィッラなど屁でもないワ(またまた失礼)と、再び姫と一般庶民の格差を思い知りつつ、オーディオガイドの説明に耳を傾けます。


このオーディオガイド、日本人が吹き込んだ日本語で、丁寧に、宮殿のなれそめから各部屋の特徴、そこを使っていたやんごとなき王子姫君たちのこぼれ話などを交えながら、なかなか面白く説明してくれます。


その中で私が一番心に残ったのは、当時欧州の王族の中で一番美しいと謳われた、エリーザベト妃の逸話です。


・・・その話に入りたく存じますが・・・

・・・

かれこれ1時間あまり、行列に並び

やや疲れたようにも思われますので、

本日はこの辺で。ゴメンあそばせ。

明日以降、続きを書くことと致します。

では皆様、しばしごきげんよう・・・。

よい週末を。

生まれて初めての・・・

ブラチスラヴァからバスでウイーンに移ります。


ウイーンといえば、かつてヨーロッパで絶大な権力を誇ったハプスブルク家の都。
そして、モーツァルトやベートーヴェンが数々の名曲を作った、音楽の都。


ハプスブルク家は、往時は北イタリアでも勢力を振るい、ミラノなどは実質オーストリアの配下にありました。そのせいか建物や道の造りなどは、なんか少しミラノに似ているなあ・・・という気がしました。


でもその美しさは比べようもありません。
ウイーンはさすが「古都」。きらびやかな王宮やその周辺の庭園、街並み、どれをとっても絵になる美しさ。そしてごちゃごちゃして汚いイタリアの街とは違って、ゴミも落ちていないし、整理整頓された荘厳さがあります。歩いているだけで、お姫様になったような気分♪



しかし、そんなウイーンで、生まれて初めての・・・

しかも、最悪の・・・

体験をしようなどとは、

夢にも思っていなかったのでした。




さて 着いたその日はさっそく、オペラ座・ステファン寺院など、ウイーン中心部の主要な観光スポットを見て周ります。そして、私が最も楽しみだったのは、なんといっても


ハプスブルク家の、王宮☆


王政がなくなった今、既に女王はいなくとも、かつての権力と豊かさとを象徴していることには違いありません。そしてあのマリア・テレジアやマリー・アントワネットも、実際にそこに住んでいたのです。幼い頃に見た、「ベルサイユの薔薇」のお話は、既に私の頭の中で再生されていました。キラキラッ☆



疲れた〜明日にしようよ〜 とダレたことを言う夫を
「明日はシェーンブルン宮殿に行きたいのー。だから王宮は今日行かなきゃなの!!」
と説得し、いざ向かいます。



有名なモーツァルト像の前で、パチっと一枚写真を撮って、庭園内を進んでいくと、やがて、それはそれは壮大な王宮の建物のほんの一部が視界に入ってきます。もう気分がすっかりお姫様♪♪♪


それはそれは広大な敷地なので、地図を片手に進みます。目的は、女王の部屋。入り口にたどり着くまでに、少し道に迷い、ウロウロ、ウロウロ。お姫様だったら馬車が入り口まで運んでくれるのでしょうが、私ども一般庶民は自分の手と足で探すしかないのだという現実が、ふっと目の前を横切りへこみますが、気をとりなおして再びお姫さま気分で進みます。


と、大きな広場に出ました。

「うわあ〜☆☆☆」

広大な広場の両側には、優美な王宮の建物。やや前方には、青空にそびえるエメラルド・グリーンのクーポラ。入り口はもうすぐそこです。今にも馬車がやってきて、お姫様がきらきらと金髪を風にたなびかせながら、ひらりっとそこに下りるような気配が・・・


迷わず写真を撮ろうと、カメラを構えたその瞬間。



む にゅ っ



「ん?」



私の右足がなにか冷たくて濡れたものを、踏みました。



はっっっ(@□@;)!!

こ・・・こ・・・これはもしや・・・・



いや!もしかしたら観光客が落としたジェラートかもしれない!という期待は、私の視線が足元に移るとともに空しく消えていき、、、


その色、その形、そしてその臭いは、私が生まれて初めて犬のフンを踏んだという事実を、目の前にいやおうなくつきつけるのでした。

「あ゛〜〜!!」

と叫んで夫の顔を見てみても、彼は微妙な顔をして遠ざかろうとするし!



あんなにごろごろ犬の糞が転がっているミラノに住んでいながら、


一度も犬の糞を踏んだことの無かったことは


私が誇りを持って語れることだったのに!!



「うっ、うっ、うっ・・・」



もう写真を撮ることなど忘れて、とりあえず、足をひきひき、トイレに向かいます。


きらびやかな王宮の、普通の公衆トイレの手洗い場で、右足を上げて足を洗いながら、


この清潔で美しい街ウイーンの、
世にも美しい王宮で、
犬の糞を踏んだアホな観光客は、
後にも先にも私しかいないだろう・・・


・・・と私は思ったのでした。


これで私は現実に返り、その日は女王の部屋への執着などはすっかり忘れて、さっさと王宮を出ることとなりました。



ヨーロッパを観光される皆さま、

オーストリアといえども、おフランスといえども、

決して、足元に油断されてはなりませぬ。

美しいものに目を奪われるときほど、危ういものなのでございます。

くれぐれも、、、お気をつけあそばせ!!

ブラチスラヴァ

さて、最初の目的地、スロヴァキアの首都ブラチスラヴァ
の話をする前に、ちょっとライアン・エアーの話の続きを。


いくら格安といえども、週末や連休などハイ・シーズンは
需要も高いので価格も高くなります。


また、席が埋まっていくごとに値段も高くなっていく仕組みのようで
最初のうちは4セントでも、月日が経つうちに値段が上がっていき、
直前には何十ユーロにもなって
これじゃあ他の航空会社と変わらないジャン!
ということも、あります。


昨日も書きましたが、捨てても数セント程度ならば、
予定が不確実でもとりあえず買っておくというのが得策です。
荷物が多かったり、変更を何度もしたりする位なら
融通の利くほかの航空会社にした方が良いとは思いますが。


・・・


さて、ブラチスラヴァに着きました。
夕方の到着だったので、一泊して、
翌日はもうウイーンに移動することにしていました。


出発直前にホテルを予約するとき夫が
「1泊だけじゃ足りないんじゃない?2泊しようよ」
と言っていましたが・・・



1泊にしておいて正解でした。



丘の上のお城を見て、旧市街をぐるっと散歩したら
あとは・・・何する?っていうくらいの、小さな街で、
期待していたドナウ川の眺めも・・・


「・・・・」


ってなるくらい、普通。


せめて、かかっている橋が美しければ
もっと人も集まるだろうものを
社会主義の時代にかけた橋らしく
なんのへんてつもない無機質な橋。



まー、それを言うなら、
お江戸で一番有名な橋、日本橋も
外国のことは言えませんが・・・
(日本橋事態は美しくても、
その上にかかる首都高の高架で、台無し)


逆に、期待していなかった、食事は結構上々。
到着したその日の夜は、ガイドブックに載っていた
旧市街のレストランに行き、


夫はニョッキと羊乳のチーズのオーブン焼
私は七面鳥のハム・チーズはさみフライ
を頼みました。(いずれもスロヴェキアの典型的な料理)


どっちも、美味しい〜!
特に七面鳥のハム・チーズはさみフライは
昔給食によく出た
「とりささみチーズフライ」を思い出させる
素朴な美味しさ。
(全国共通ですかね?このメニュー)


店内の壁やテーブル・椅子も、昔ながらの木造りで可愛らしく
民族楽器を使った音楽演奏もありました。
斜め向かいの席には、
多分地元のおばちゃま4人が
多分「定例お食事会」をしており
多分地元の伝統的な歌を
愉快に合唱しており・・・


ラーラーラー♪
ラーラーラー♪
ラーラーラーラー ラ・ラ・ラ♪
あー。イタリアにはこういう歌、ないなあ。
なんか、ドイツっぽいなー。という感じの
男っぽい歌なんですが・・・
分かりますかね?


おばちゃまたちの、延々と続く歌は、
サビの部分が妙に脳裏に残って
その後も旅の途中何度か私の頭の中で
プレイバックされるのでありました・・・・。



明日はウイーンです♪

中欧へ行ってきました

ご無沙汰してました!
長いバカンスも、終了・・・


しばらくは、日記の再放送を中断して
忘れないうちに、この夏の旅日記を書きたいと思います★


この夏は、

7月末頃から8月上旬にかけて
オーストリア〜スロヴァキア〜ハンガリーと巡り

いったんミラノに戻った後、例年どおりプーリアに行って2週間ほど過ごし、その後ローマの近くのサトゥルニア温泉(過去の日記ご参照)で4泊して、バカンスを締めくくりました。


さて定番のプーリア、サトゥルニアはともかく
なぜオーストリア・スロヴァキア・ハンガリーかというと。


答えは単純
「航空券が安いから」。


欧州ではもはやおなじみ、格安エアラインの代表格
ライアン・エアー。
http://www.ryanair.com/site/EN/?culture=GB


ミラノ・ベルガモ→ブラチスラヴァ(スロヴェキア)片道がなんと


0.04ユーロから
つまり
4セントから!


これに空港税・手数料を加えても
往復で一人約20ユーロで住んでしまうというお手ごろさ。
夏のバカンス真っ盛りにこのお値段は、魅力です★★★


基本的にキャンセルが出来ない、預ける荷物は別チャージ、1分たりともチェックイン/ボーディングに遅れたらアウト、などなど縛りは多いのですが、例え捨てても4セントですから、買っておかない手はないわけです。


到着地のブラチスラヴァ自体は小さな街で、観光は一日あれば十分なのですが、ウイーンは西に100km弱。プラハは北に300km弱。ハンガリーの首都ブダペストは東に200kmと、電車かバスでちょっと足を伸ばせば、魅力的な観光都市が沢山あるのです。


プラハは今年の3月にもう行ったので、今回は

ブラチスラヴァ 1泊
↓(バス)
ウイーン 2泊
↓(電車)
ブダペスト 2泊

ブダペストでレンタカーして、
ハンガリーの田舎町 行き当たりばったりツアー

ブダペスト
↓(電車)
ブラチスラヴァ

という旅程で行ってまいりました。



詳しい旅日記は、明日から★

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